東京地方裁判所 平成3年(ワ)15283号 判決 1995年12月22日
本訴原告・反訴被告
小灘邦男
右訴訟代理人弁護士
松井克允
本訴被告・反訴原告
東京ゼネラル株式会社
右代表者代表取締役
飯田克己
右訴訟代理人弁護士
榎本吉延
主文
一 反訴被告(本訴原告)は、反訴原告(本訴被告)に対し、金一億八四一一万五九一五円及び平成四年一一月一二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 本訴原告(反訴被告)の本訴請求を全て棄却する。
三 訴訟費用は、本訴及び反訴を通じ、本訴原告(反訴被告)の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
以下においては、本訴原告・反訴被告小灘邦男を「原告」、本訴被告・反訴原告東京ゼネラル株式会社を「被告」という。
第一 当事者の請求
一 本訴請求
1 被告は、原告に対し、別紙預託物件目録「銘柄」欄に記載の銘柄の株券を同目録「保管株数」欄に記載の株数をもって引き渡せ。
2 被告は、原告に対し、金九九六〇万〇七七一円及びこれに対する平成三年一二月三日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
3 第1項の引渡しの強制執行が不能であるときは、被告は、原告に対し、金八九九九万八〇〇〇円及びこれに対する平成三年一二月三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 反訴請求
主文第一項と同旨。
第二 事案の概要
本訴は、被告との間で商品先物取引の売買について基本委託契約を締結し、委託証拠金代用証券として株式を預託して右取引を行った原告が、主位的に右基本委託契約の錯誤による無効、又は詐欺による取消、予備的に取引の終了を主張して、預託株券の返還及び預託株券の一部の売却代金八九六〇万〇七七一円(以下「預託物件」という)の支払を求めるとともに、被告従業員による勧誘及び取引が違法不当であったことを理由に、不法行為による損害(弁護士費用一〇〇〇万円)の賠償を求めるものであり、反訴は、被告が、右売買委託契約に基づき、右取引終了後の帳尻損金の支払を求めるものである。
一 争いのない事実
1 当事者
(一) 被告は、東京穀物商品取引所、東京工業品取引所及び大阪穀物商品取引所の各取引員であり、右各取引所が開設する市場において、自己の名をもって自己若しくは委託者の計算において、米国産大豆、輸入大豆、白金その他の商品の先物取引をなすことを業とするものである。
安楽拓郎は、本件当時、被告の取締役東部本部長であった者であり、坂口克哉、大久保貞信、伊東昌昭及び後藤裕幸は、いずれも本件当時被告に勤務していた外務員であり、原告との取引を順次担当した。
(二) 原告は、大学卒業後、電源開発株式会社に勤務し、本件当時は共益株式会社の常務取締役をしていた者である。
2 本件取引
(一) 原告は、昭和六三年一〇月一四日、原告の勤務先を訪れた坂口克哉(以下「坂口」という)から商品先物取引の勧誘を受けたが、その日は時間もなかったため、詳しい話を聞くには至らなかった。坂口は、同月一七日には、電話により、同月一八日には訪問して、それぞれ商品先物取引を勧誘したため、原告は、これを行うことを了解するに至った。
原告は、基本委託契約に基づき、昭和六三年一〇月二〇日から平成二年九月一八日までの間、数回にわたって被告に対し、取引が終了した場合に帳尻損金がなければ返還する約定のもとに、別紙預託物件目録「銘柄」欄に記載の銘柄の株券を同目録「預託株数」欄に記載の株数をもって委託証拠金代用証券として預託した(以下「本件預託株券」という)。
(二) 被告は、昭和六三年一〇月一九日から平成三年六月二五日の手仕舞までの間、原告の勘定で、別紙「小灘邦男取引明細」に記載のとおり、米国産大豆、輸入大豆及び白金について建玉取引及び仕切取引を行った(以下これらの取引を「本件取引」という)。
(三) 被告は、本件預託株券のうち、別紙預託物件目録の「処分株数」欄に数字が記載されたものの「銘柄」欄記載の銘柄の株券の同目録「処分株数」欄記載の株数を同目録「処分代金」欄に記載の代金をもって売却処分し(以下「本件処分株券」という)、その売却代金は合計八九六〇万〇七七一円となった。被告は、現在、同目録「保管株数」欄に記載の株券を預かり保管している。
二 争点
1 原被告間において商品先物取引の基本委託契約が有効に成立しているかどうか。
2 原告は、右契約を、詐欺を理由として取り消すことができるかどうか。
3 原告の基本委託契約に基づく各取引の勘定が、原告に帰属するかどうか。
4 被告従業員による勧誘と取引が、違法不当であることに基づく債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求権が原告に認められるか。
5 被告の反訴請求が信義則に違反し、権利の濫用に当たるかどうか。
三 原告の主張
1 錯誤に基づく基本委託契約の無効(主位的請求原因)
原告は、本件取引の開始にあたり、これを勧誘した被告の外務員である坂口が、原告の卒業した山口大学(旧山口経済専門学校)の後輩であると学歴を詐称したため、真実坂口が自分の後輩であると信じて付合いのために本件取引を開始したものであり、この点について、原告には錯誤が存する。
坂口が原告の出身大学の後輩であるか否かは、基本委託契約の要素をなす事項であるから、右契約は無効であり、これを前提とする証拠金の預託及び個々の取引もすべて無効となるから、原告は被告に対し、不当利得に基づく預託物件の返還請求権を有する。
2 詐欺に基づく基本委託契約の取消(第一次予備的請求原因)
坂口は、原告に対し、前記のとおり原告の出身大学の後輩であるという虚偽の事実を述べて原告を勧誘し、原告は、坂口を自己の後輩と誤信して基本委託契約を締結したのであるから、原告は詐欺を理由として右契約を取り消す。よって、これを前提とする証拠金の預託及び個々の取引はすべて無効となるから、原告は被告に対し、不当利得に基づく預託物件の返還請求権を有する。
3 取引の終了に基づく預託物件の返還請求(第二次予備的請求原因)
原告は、被告に対し、取引の終了を停止条件として返還を受ける合意のもとに、本件預託株券を委託証拠金代用証券として預託したが、本件取引は、平成三年六月二六日に終了した。よって、原告は被告に対し、預託物件の返還請求権を有する。
4 取引勘定の帰属の否認
(一) 取引要項の不告知
商品取引所法九四条三号、同規則七条の二の二及び東京穀物商品取引所、大阪穀物商品取引所及び東京工業品取引所の各受託契約準則は、商品売買取引の受託者は、受託の都度、商品の種類、限月、売買の別、場、節、売買枚数及び約定値段等の指示を受けるべき旨を定めている。
しかし、本件では、全ての委託取引について右要項の完備した告知がされておらず、これがないと委託の対象が特定しないから、個々の委託取引は全て無効であり、これら取引に基づく損益は原告に帰属するものではない。
(二) 受託契約準則の不交付による要式欠缺
商品先物取引の基本委託契約は、受託契約準則の交付を要する要式契約であると解すべきところ、被告は、原告に対し、基本委託契約の締結に際し、大阪穀物商品取引所及び東京工業品取引所の各受託契約準則を交付しなかった。
したがって、大阪穀物商品取引所における輸入大豆及び東京工業品取引所における白金の各取引については、基本委託契約が成立していないから、右各委託取引に基づく損益(大阪穀物商品取引所における輸入大豆取引による損金二〇六九万一六八五円及び東京工業品取引所における白金取引による損金三四六四万九八七三円の合計五五三四万一五五八円)は原告に帰属するものではない。
(三) 委託本証拠金の徴収の欠缺
前記各受託契約準則は、取引受託の都度、委託本証拠金を徴収する旨を定めているが、被告が準則どおりに委託本証拠金を徴収したのは、輸入大豆について四回、白金取引について一回に過ぎない。
委託本証拠金の徴収を欠いた取引の委託は、委託者が取引するか否かを熟慮し判断する機会を確保するという右徴収の制度に反するものであり、無効というべきである。
よって、委託本証拠金を準則どおりに徴収していない委託契約に基づく損益(損金二億七七二二万三五八六円)は原告に帰属するものではない。
(四) 無断取引
以下の建玉は、原告に無断で行われたものか又は原告の明確な反対を押し切って行われたものかであるから、それらに係る損金(大豆の無断取引による損金二億二一二〇万一一三一円及び白金の無断取引による損金三九八〇万八八六三円の合計二億六一〇〇万九九九四円)は原告に帰属するものではない。
(1) 大豆取引
① 伊東昌昭(以下「伊東」という)は、平成元年四月一七日、原告から同人の四日間の長崎出張中には取引をしないようにとの指示を受けたにもかかわらず、同月一八日、無断で買一五〇枚及び買二〇〇枚を建玉した。
② 原告は、平成元年八月四日、伊東に対し難平買いを指示したにもかかわらず、同月九日、伊東は売三〇〇枚を建玉した。
③ 後藤裕幸(以下「後藤」という)は、平成二年四月二六日、原告に事前に連絡をとることなく、買一〇〇枚を建玉した。
④ 後藤は、平成二年四月二七日、原告が買建を拒否したにもかかわらず、買二〇〇枚を建玉した。
⑤ 後藤は、平成二年七月九日、原告に無断で、買一〇〇枚、買一〇〇枚及び買一〇〇枚をそれぞれ建玉した。
⑥ 後藤は、平成二年七月一〇日、原告に対し、難平買いを勧め、明確に拒否されたにもかかわらず、同日買一〇〇枚及び買一〇〇枚を建玉した。
(2) 白金取引
① 大久保貞信(以下「大久保」という)は、昭和六三年一二月一九日、原告に対し、売建を勧め、明確に拒否されたにもかかわらず、同日、大久保は、売五〇枚を建玉した。
② 後藤は、原告に無断で、平成二年八月二七日買五〇枚、翌二八日買五〇枚をそれぞれ建玉した。
5 強行法規及び公序良俗違反
被告は、自ら制定した新規委託者保護管理規則及び売買枚数管理基準によって設定された許容限度(習熟期間内の受託は原則として建玉枚数を二〇枚以内とし、特に要請があった場合四〇枚以下の範囲で増加ができる)をはるかに超えた制限建玉超過申請書を作成し、原告に対し、本件取引の最初から膨大な取引をさせ、習熟期間経過後はさらに膨大な取引をさせた。
右規則及び基準による受託枚数の制限は、委託者を不当勧誘から保護することを目的とする強行法規であり、また、公序良俗をなしているというべきであるから、これに違反する本件の委託取引は全て無効である。
6 債務不履行に基づく損害賠償請求
被告の履行補助者であるその各担当者は、以下のとおり原告に対する本件基本委託契約上の債務の履行を怠り、もって原告に対し損害を与えたのであるから、原告は被告に対し、債務不履行に基づく損害賠償請求権を有する(被告が、帳尻損金請求権を有する場合には、右損害賠償請求権をもって右請求権と対当額で相殺する旨の意思表示を平成三年一二月一七日の本訴第一回口頭弁論においてした)。
(一) 危険性の不告知
被告の担当者は、受託契約準則及び受託業務に関する協定等により、原告に対し、本件基本委託契約締結に先立って、商品先物取引の危険性を告知、説明する義務を負っていたにもかかわらず、危険性の告知をしなかった。
原告は、その告知を受けていれば、本件取引を開始しなかったから、被告担当者の右不告知によって、本件取引によって生じた全損失額と同額の損害を被った。
(二) 断定的利益判断の提供
被告は、商品取引所法九四条一号及び受託契約準則により、利益を生ずることが確実である旨の断定的判断を提供してはならない義務を負っているにもかかわらず、その各担当者は原告に対し次のとおり述べて断定的に利益を確約した。
原告は、被告担当者の右のような断定的利益の確約がなければ本件取引を開始せず、継続することもしなかったから、これによって、本件取引によって生じた全損失額と同額の損害を被った。
(1) 坂口は、「貴方の財務ポートフォリオとして確実に儲けさせる。損をさせることは絶対ない」などと述べた。
(2) 大久保は、「今年中に一億円ほど儲けて喜んでもらうから、どうか安心して任せてほしい」と述べた。
(3) 伊東は、「現在の値洗損一〇〇〇万円程度はわけなく解消するから、安心されたい」とか、「この赤字は必ず解消してみせる」とか述べた。
(4) 安楽は、「後藤はベテランであり、必ず赤字を解消させるから安心してほしい」などと述べた。
(5) 後藤は、「必ずあなたの赤字を解消するから、取引は自分に任せてもらいたい」などと述べた。
(三) 過度の取引強行
被告は、受託業務に関する協定、新規委託者保護管理規則、信義則等により、原告に対し過度の取引をさせてはならない義務を負っているにもかかわらず、原告にさせた習熟期間中の建玉は合計一六〇〇枚にも達し、その後も大量の取引を押し付けた。
原告は、被告のこのような過度の取引の強行によって、損害を被ったが、その額は本件取引によって生じた全損失額の八割に相当するものと評価すべきである。
(四) 虚偽の事実の告知
被告は、信義則上、その担当者が顧客を勧誘するに際して、虚偽の事実や自己の相場観に反する事実を告知させてはならない信義則上の義務を負っているが、各担当者は、「大手商社が買に出る確実な情報を入手した」、「米国相場が大きく動く気配がみられる」、「間もなく大きな相場変動がある」などと述べて原告を勧誘した。
しかしながら、右勧誘に従って建玉したものの殆どは、損を生じたのであるから、これらの言辞が虚偽であったことは明らかであり、これによって、原告は損害を被ったが、その額は本件取引によって生じた全損失額の八割に相当するものと評価すべきである。
(五) 取引要項の不告知
商品取引所法九四条三号、同規則七条の二の二及び受託契約準則は、売買枚数、約定値段等の取引要項の完備しない受託を禁じており、原告自身も、各担当者に対し、一任取引をすることを禁止していた。
しかし、本件取引においては、原告からの自発的な発注が全くなかったし、右取引要項が完備した受託もなく、そのすべてが一任取引同然に強行された。
これによって、原告は、本件取引によって生じた全損失額と同額の損害を被った。
(六) 原告の指示への違反
原告は、被告の各担当者に対し、一任取引の禁止、建玉残高の制限、高値買建の禁止及び高値買玉の整理について指示したにもかかわらず、各担当者は、これらの指示に従わなかった。
これによって、原告は損害を被ったが、その額は本件取引によって生じた全損失額の八割に相当するものと評価すべきである。
(七) 無断取引
大久保、伊東及び後藤は、第4項(四)記載のとおりの無断取引を行い、これによって、原告は、無断取引によって生じた損失額と同額の損害を被った。
(八) 証拠金の不返還及び流用
建玉を仕切ったときは、各受託契約準則により委託証拠金を返還すべきところ、被告は、原告に対し、委託証拠金を一切返還しなかった。
これが返還されていれば、本件のような多額に上る取引に至らなかったことが明らかであり、この不返還によって、原告は損害を被ったが、その額は本件取引によって生じた全損失額の七割に相当するものと評価すべきである。
(九) 損益決済の放置
建玉を仕切ったときは、各受託契約準則により損益決済をすべきところ、被告は、原告に対し、益金を一回交付したのみで、そのほかは全く損益決済をしなかった。
これが行われていれば、取引が大幅に抑制されたことは明らかであり、この放置によって、原告は損害を被ったが、その額は本件取引によって生じた全損失額の五割に相当するものと評価すべきである。
(一〇) 建玉処分の放置
原告は、平成二年九月ころ、後藤に対して、最後の証拠金を預託するに際し、これが最後である旨を告知し、その前後を通じて残玉を早急に仕切るように指示していたにもかかわらず、後藤は、残玉の処分をいたずらに放置した。
これによって、原告は、取引終了時の損失勘定と最後の預託の前日時点の損失勘定との差額である一億三一二二万〇五〇一円と同額の損害を被った。
7 不法行為に基づく損害賠償請求
被告の各担当者は、次の行為を行い、もって原告に対し、以下の各損害及び弁護士費用一〇〇〇万円に相当する額の損害を与えたのであるから、被告は、各担当者の不法行為について使用者として責任を負う(被告が、帳尻損金請求権を有する場合には、これと右損害賠償請求権とをもって前記の期日に対当額で相殺する旨の意思表示をした)。
(一) 前項(一)から(一〇)までの被告担当者の各行為はいずれも不法行為を構成するものであり、これらの行為によって、原告は、同項記載の各損害を被った。
(二) 詐言勧誘
坂口は、原告に対し、前記のとおり自分が原告の出身大学の後輩であり、最近博多支店から転勤してきたばかりで客がなく、困り果てているなど虚偽の事実を述べて取引を勧誘した。そのため、原告は、右詐言を真実と誤信して坂口に対する同窓の誼と同情から本件取引を開始したものであるから、坂口の右詐言によって、本件取引によって生じた全損失額と同額の損害を被った。
(三) 執拗、強引な勧誘
被告の各担当者は、執拗、強引な勧誘を行い、強引に本件取引を進めたのであり、これによって、原告は、熟考して取引を決断し、自己の財産を守るという権利、利益を奪われ、損害を被ったが、その額は本件取引によって生じた全損失額の八割に相当するものと評価すべきである。
(四) 受託契約準則不交付のままの取引強行
被告は、原告に対し、大阪穀物商品取引所及び東京工業品取引所の各受託契約準則を交付しないまま右両取引所で建玉取引を行った。
これによって、原告は、取引の仕組等を踏まえて取引を決断するという権利、利益を侵害され、損害を被ったが、その額は右両取引所における取引によって生じた損害(大阪穀物商品取引所における輸入大豆取引による損金二〇六九万一六八五円及び東京工業品取引所における白金取引による損金三四六四万九八七三円の合計五五三四万一五五八円)と同額である。
(五) 委託本証拠金の徴収の欠缺
前記各受託契約準則は、受託の都度、委託本証拠金を徴収する旨を定めているが、被告が準則どおりに委託本証拠金を徴収したのは、わずか五回に過ぎない。
委託本証拠金の徴収を欠いた建玉は、その預託に際して委託者が取引するか否かを熟慮し判断する機会を確保するという右徴収の制度に反するものであり、これによって原告は損害を被ったが、その額は委託本証拠金を準則どおりに徴収していない取引委託によって生じた損害(損金二億七七二二万三五八六万円)と同額である。
(六) 虚偽文書作成による過大取引
被告は、新規委託者保護管理規則及び売買枚数管理基準によって設定されている制限に違反するとともに、原告が取引を拡大する要請をしていないにもかかわらず、それがあったとする内容虚偽の制限建玉超過申請書を作成し、原告に対し、本件取引の最初から不当、過大な取引を押し付け、習熟期間経過後はさらに過大な取引を強行した。
これによって、原告は、その過大取引に陥らないよう保護されている権利、利益が侵害されて損害を被ったが、その額は大豆取引によって生じた損害(合計二億三八〇六万六八一三円)と同額である。
8 信義則違反及び権利濫用
本件取引の行われた以上のような経緯の異常性に照らせば、被告の反訴請求は、信義則違反又は権利の濫用というべきであって、これが認められるべきではない。
9 過失相殺
原告は、平成二年九月ころ、後藤に対し、これ以上資力がない旨を告げて最後の証拠金を預託するとともに、残玉を早急に仕切るように指示したにもかかわらず、後藤は、言を左右にして残玉の処分をいたずらに放置した。
後藤の右行為によって損失額が、一億三一二二万〇五〇一円も増大したのであるから、被告の反訴請求に対しては、過失相殺の法理を準用し、被告の過失割合を一〇〇パーセントとして、これを排斥すべきである。
四 被告の主張
1 原告が被告に委託して行った本件取引の勘定は、別紙「小灘邦男取引明細」の「損益累計」欄に記載の差引損益となり、委託手数料を含め、米国産大豆の取引においては二億一七三七万五一二八円の損金を、輸入大豆の取引においては二〇六九万一六八五円の損金を、白金の取引においては三四六四万九八七三円の損金を、それぞれ負担することになった。
被告は、本件預託株券のうち、本件処分株券の処分代金八九六〇万〇七七一円を右損金の一部に充当した。その結果、一億八四一一万五九一五円の不足が生じ、被告は、これを取引所に対し、立替払いをした。
被告は、原告に対し、右立替金の支払を求める権利を有する一方、預託保管中の株券については、担保として預かる権利を有し、前記株券処分代金については、損金の一部に充当済みであるから、これを返還する義務はない。
2 坂口の勧誘
坂口は、昭和六三年一〇月一三日ころ、原告に対し、初めて電話をかけて勧誘した際、自分の父親が山口県出身であること及び山口大学の出身者名簿を見て電話した旨を述べたことはあるが、自分自身が山口大学を卒業したと述べたことはない。
3 取引要項の不告知について
被告の各担当者は、原告からの注文を受けるに際して、銘柄、数量、限月、売買の別、建て落ちの区別、場節、指値及び成り行き等を確認しており、右の事実は、被告から送付された残高照合通知書及び売買報告書を原告が確認しながら異議を申し出なかったことからも明らかである。
4 受託契約準則の不交付について
坂口は、昭和六三年一〇月一九日、原告に対し、東京穀物商品取引所の受託契約準則及び「取引所によって異なる条文」を記載した書面を交付したが、右書面の「取引所によって異なる条文」欄によれば、東京穀物取引所と東京工業品取引所の定める準則は同一であって異なる条文がないことが明らかであるから、改めて同年一二月一四日の白金取引開始時に、準則を再交付する必要はない。
5 委託本証拠金の徴収の欠缺について
前記各受託契約準則は、委託本証拠金を取引受注の前に徴収することを原則とする旨定めているが、原告から取引数に応じた証拠金代用証券を預託する旨の申し出があった場合に、被告の担当者が、入証日時を猶予することを禁じたものではない。委託本証拠金の入証がない場合であっても、被告に仕切決済権が発生するに過ぎず、委託契約自体の不成立の問題は生じない。
6 無断取引について
坂口は、本件取引の勧誘に際して、原告に対し、商品取引の仕組みを説明するとともに商品取引ガイド、商品取引委託のしおり等を交付したから、原告は、これらを見聞きし、各取引が自己の責任と判断においてする取引であることを承知していた。
また、被告は、原告に対し、注文を受けた都度売買報告書及び計算書を送付するとともに、およそ月一回位の割合で残高照合通知書を送付又は持参して、その時点での未決済残玉の内訳について知らせ、原告が指示した注文や売買内容についてその確認を得ている。
原告は、被告の各担当者によって、その時々の相場の状況、値動き及び外電のニュース等の情報を提供されたうえ、そのアドバイスのもとに注文を出し、各取引について必要な証拠金も、その都度、被告に預託していたのであるから、無断売買や一任売買が行われたことはあり得ない。
7 強行法規及び公序良俗違反について
新規委託者保護管理規則は、被告が自主的に定めた内規であり、新規委託者から二〇枚を超える建玉注文があったときは、顧客の取引に対する理解度、資力、社会的地位、出身学校及び年齢等を考慮し、特別担当班及び総括責任者の許可を得るべきことを定めている。
被告は、原告の超過申請を審査のうえ、許可を出し、その結果受注しており、右規則を無視したものではない。
8 被告の勧誘及び本件取引の正当性
(一) 坂口は、昭和六三年一〇月一八日、原告に対し、取引の仕組について説明した際に、取引の危険性についても告げた。
さらに、坂口は、翌一九日に、受託契約準則等の説明もし、同月二四日には、被告の従業員である松崎保則(以下「松崎」という)が、原告を訪問して委託者アンケートを行い、取引の危険性、追加証拠金制度についての理解の確認を行っている。
(二) そして、坂口は、右勧誘に際して、原告に対し、単に「確実に儲けさせる」とか「損は絶対させない」等と述べて断定的判断の提供をしたことはない。
被告の他の担当者も、赤字解消のために努力すると述べたことはあったが、「絶対」とか「利益を保証する」等の断定的判断を示したことはない。
第三 争点に対する判断
一 本件の事実経過について
証拠(甲一の一から三まで、二、三の一の一から一一の三まで、八、九の一から三六まで、一三、乙一から五まで、八から一一まで、一四の一から二四まで、一五から一七まで、一八の一から二四まで、一九の一から二二まで、二〇の一から八まで、二一の一から四まで、二二、二七から三二まで、三六、三八、証人坂口克哉、原告本人)に前記争いのない事実を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 原告は、大正一五年六月一六日生まれで、山口経済専門学校(現山口大学)及び神戸経済大学を卒業した後、電源開発株式会社に就職し、本件取引開始時には、右会社の子会社である共益株式会社の常務取締役として、経理を担当しており、年収は約一〇〇〇万円余りであった。
原告は、貯蓄の全てを株式購入によっており、株式取引に関する知識と経験は有していたが、本件取引以前に商品先物取引の経験はなかった。
2(一) 坂口は、昭和六三年一〇月一四日、原告をその勤務先に訪れて面談し、自らを原告の出身大学の後輩であると述べるなどして商品先物取引を勧誘したが、原告の仕事の都合で、このときは十分な説明ができなかった。
坂口は、同月一七日に原告に電話をかけてアポイントをとり、翌一八日に再度原告を訪問して近くの喫茶店で、商品取引ガイド、日本経済新聞及び罫線グラフ等を示しつつ、商品先物取引の内容、特に米国産大豆の取引の仕組みを社箋に図を書きながら説明し、値段、限月、売買単位、損益計算、手数料、委託証拠金、追証、両建等について一時間半にわたって説明し、先物取引の危険性についても述べた。そのうえで、坂口は、米国産大豆の値動きの性質から、天井を打った後は値が下がるという自分の相場観を述べて取引を勧誘し、罫線のコピー、商品取引ガイド及び商品取引委託のしおり等の書類一式を原告に預けて帰った。
(二) 坂口は、同月一九日午前に、原告に電話し、値段が下がってきていることを報告して勧誘したところ、原告から売五〇枚の注文を受けた。これは、基本委託契約締結前の注文であったが、上司と相談のうえ許可を得て、これを取引所に取り次いだ。
坂口は、同日昼ころ、契約書類を作成し、委託証拠金を預かるために原告を訪れ、売買基本委託契約の承諾書(乙一)に原告の署名捺印を受け、商品取引ガイド、東京穀物商品取引所の受託契約準則、「取引所によって異なる条文」を記載した書面及び危険開示通知書を交付した。
しかし、委託証拠金については、代用証券として東芝一万株を預ける約束はされたが、その日は受け取れず、翌二〇日にこれを受け取った。
(三) 坂口が、同月二一日の午後、原告に対し、電話で、米国産大豆が最初の取引と同じ二六〇〇円前後の値段である旨を告げて勧誘したところ、原告は、最初の取引と同じ値段であれば良いとの条件でこれを了承し、指値で売一〇〇枚を注文し、坂口は、その証拠金として、富士電機一万株を週明けの二四日に受け取った。
3 被告の管理部に所属する松崎は、同月二四日、原告を訪れて、原告に追証、両建の説明をし、委託者アンケートを行って、その署名を求めたうえ、取引の危険性、追加証拠金制度等についての理解の確認を行った(乙九)。
4 被告社内では、新規委託者保護管理規則及び新規委託者に係わる売買枚数管理基準を定め、これによって内部規則として、習熟期間内の建玉は原則として二〇枚以内とすることとしており、右期間内の委託者からそれを超える建玉の要請があった場合には、四〇枚以下の範囲においては特別担当班の責任者がその妥当性を調査して可否を認定し、それ以上の建玉要請については総括責任者が可否を認定することになっていた。
坂口は、原告の注文がこの枚数制限を超えるものであったため、右規則に従って、制限建玉超過申請書(乙一五、一六)を作成して支店長に報告し、その許可を得た。
5 原告は、この後も、株券を預託して、別紙「小灘邦男取引明細」に記載の各商品取引を行った。
本件取引の間、被告は、原告に対し、残高照合通知書及び売買報告書の送付により、原告の取引残高の内容を定期的に通知したが、原告がこの通知を受けて返送する回答書において異議が記載されていたことは一度もなかった。
6 昭和六三年一二月初め、被告渋谷支店の新設に伴って、原被告間の取引は渋谷支店に移管し、支店長である大久保が原告の担当となった。
大久保は、原告に対し、白金の取引を勧誘し、同月一四日、原告は被告との間で東京工業品取引所の商品市場における売買基本委託契約を締結し、承諾書(乙一〇)に署名捺印した。被告は、原告に対し、このとき改めて東京工業品取引所の受託契約準則を交付することはしなかった。
さらに、原告は、平成元年一〇月一三日、被告との間で大阪穀物取引所の商品市場における売買基本委託契約を締結し、承諾書(乙一一)に署名捺印したが、このときも、大阪穀物取引所の受託契約準則の交付は受けなかった。
7 本件取引は、平成三年六月二六日の仕切取引をもって終了し、原告は、大豆、白金の取引の合計で二億七二七一万六六八六円の損金を負担することになった。
被告は、本件預託株券のうち、本件処分株券の処分代金八九六〇万〇七七一円を右損金の一部に充当した。その結果、一億八四一一万五九一五円の不足が生じ、被告は、これを取引所に対し、立替払いをした。
二 争点1(錯誤による無効)について
1 前記認定事実によれば、被告の担当者である坂口は、初対面の原告に商品取引を勧誘するために、真実は原告の出身大学の後輩ではないのにそうであるように述べてその関心をひいたことが認められる。
被告は、この点について、坂口は自分の父親が山口県の出身であると述べただけで、自分自身が山口大学の後輩であるとは言っていないと主張し、坂口の陳述書(乙三二)の記載及び証人坂口の証言中には、これに沿う部分がある。しかし、証拠(甲一三、原告本人)によれば、坂口は終始原告を「先輩」と呼んでいたこと、原告が坂口の訪問を当初大学新聞等の賛助金の要請かと考えたこと、原告が坂口に同窓会の東京支部へ行くことを勧めたことが認められ、原告は、一貫して坂口を大学の後輩であると思い込み、その思い込みを前提として坂口とのやりとりを交わしてきたことが認められるから、坂口の陳述書の前記記載部分及び証人坂口の前記証言部分は信用することができない。
2 継続的に商品取引を行うための基本契約の締結において、その契約締結を勧誘した者が契約をする者と同一の大学を卒業していたという事実が、その契約の要素となることはあり得ないことであって、そのような事実は、当該契約締結の動機として評価されるのがせいぜいであろう。契約における動機の錯誤は、その動機が契約締結に当たり表示されていなければ、すなわち、その契約の相手方が、本人が契約を締結するのは、当該動機があるためであり、そのような動機がなければ本人は契約を締結しないであろうということを客観的に認識し、又は認識することができる状態でなければ、要素の錯誤として、当該契約を無効とするものではないことはいうまでもない。原告の陳述書(甲一三)の記載及び原告本人尋問の結果によっても、原告は、被告に米国大豆先物売建の注文を出し、被告と本件の基本委託契約を締結するについて、被告の担当者に対し、その注文を出し、契約を締結するのが、そのような動機に基づくものであることを明示してはいないと認められる(陳述書には、同窓の誼で付き合うと坂口に述べたとの記述があるが、このような言動をもってしては、動機を明示したとまで評価できないし、本人尋問においてはそのように言ったとも述べていない。また、後に契約意思などの確認に来た松崎に対しては原告はその趣旨のことを述べていないことを自認している)。
のみならず、契約の勧誘を受け、契約をするについて、勧誘をするものが同窓であるということが契約締結の動機となるといえるかどうかも問題である。確かに、山口大学の出身者は、東京に在住する者には少ないであろうから、原告が、同窓であるということから勧誘に来た者に親近感を覚え、その話を聞いてやろうという気になるのは理解できることである。しかし、単に、商品取引の仲介等を営む会社の従業員が、自らと同窓であるというだけで、勧誘を受けた者が、当該従業員を、その属する会社を、ひいて商品取引そのものを、信頼し、それだけの材料で契約締結に至っても大丈夫であると決断して、商品取引を行うなどということがあり得るであろうか。一般に商品取引を行うかどうかを決断するについて考慮する事柄はそのようなものではなく、投資リスクがどの程度あるか、利益がどの程度あげられるかといった事項であるのはいうまでもない。このような事項についての考慮の前には、勧誘した者が同窓であったなどという事実は、比較の対象とすることもできない程に些細なものとみるのが世の常識であろう。
これを要するに、坂口の出身大学についての詐言は、本件基本委託契約締結については、それが要素として表示されていたかどうかを問うまでもなく、それ自体がせいぜい誘因であるという程度の評価しかされ得ないものであって、到底動機にまで高められるものではないという他はないのである。
そうすると、基本委託契約締結に際して、坂口が真実後輩であったかどうかは重要な事実であるとはいえず、右誤信をもって右契約の要素に錯誤があったということはできないから、原告の錯誤の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
三 争点2(詐欺による取消)について
前記のとおり、坂口が原告の出身大学の後輩と詐称した事実は認められるが、前項と同様の理由で、右詐称行為は本件商品取引への勧誘についての一つの契機となったに過ぎないものであって、これによって原告が基本委託契約を締結する旨の意思を決定したとまでは認められないから、原告の右意思表示が右詐言によって瑕疵のあるものとなったということはできず、原告の詐欺取消の主張には理由がない。
四 争点3(取引勘定の帰属の否認)について
1 取引要項の不告知の主張について
商品取引所法及び受託契約準則においては、商品取引員は、各受託の都度、商品の種類、限月、売買の別、場、節、売買枚数、約定値段等の指示を受けなければならないと定められているが、証拠(甲一一、一三、一九、乙一、原告本人)によれば、本件では、全ての取引について、右の全部の事項を明示的に告知して委託を行ったものではなかったことが認められ、坂口の陳述書(乙三二)の記載及び証人坂口の証言中、これに反する部分は採用できない。
しかし、原告と被告担当者の間では、多数回商品取引の注文を出し、これを受けるというやりとりが行われる過程において、注文者と受注担当者との間において明示しなくても当然前提となるような事項が形成され、これについては一々注文の都度告知しないようになるのは見易いことである。右証拠によれば、原告の各注文においてはそれまでの経緯から、商品の種類、期先・期近、売買の別、売買枚数及び約定値段等の主要事項についてそのうちには注文の際告知されないものがあっても合意が形成されていたことが優に認められる。そして、右事項について合意されていれば、委託契約の成立を認めるだけの委託の対象の特定は果たされているというべきであるから、原告の主張は理由がない。
2 受託契約準則の不交付による要式欠缺の主張について
そもそも受託契約準則の交付が基本委託契約の締結成立の成立要件とまではいえないと考えられるが、前記認定事実によれば、坂口は、昭和六三年一〇月一九日原告に対し、東京穀物取引所受託契約準則及び「取引所によって異なる条文」を記載した書面を交付していることが認められ、同書面の「取引所によって異なる条文」欄の記載によれば、東京穀物取引所と東京工業品取引所及び大阪穀物取引所の定める準則は同一であってその間に異なる条文のないことが明らかであるから、東京工業品取引所及び大阪穀物取引所の取引開始時に、被告が改めて右各取引所の準則を交付する必要があったとはいえない。
したがって、例え準則の交付を基本委託契約成立の要件であると解したとしても、原告の主張は理由がないことに帰する。
3 委託本証拠金の徴収の欠缺の主張について
証拠(甲一一、乙一)によれば、受託契約準則では、委託本証拠金を取引受注の前に徴収することを原則としていることが認められる。
しかし、顧客から取引高に応じた委託証拠金又はその代用証券を後に預託する旨の申し出があって、その顧客の信用上その申し出が確実であると認められる場合に、被告の担当者が、事情に応じて例外的に取引を先行させて証拠金の徴収を暫時猶予するのは、むしろ被告のリスクに基づいて顧客のために便宜を図るものであるから、単に後日になるという理由によってこれを禁じる合理的理由は見い出せない。委託本証拠金の入証がない場合であっても、被告には仕切決済権が発生するに過ぎないのであるから、それが取引受注の前に徴収されていなくとも、委託契約自体の効力の問題は生じないというべきである。
原告は、顧客が商品取引をするについて慎重に判断するようにするためこの制度があるというが、そのような効果はこの制度が設けられたことによって結果として生じることがあるとしても、この制度本来の目的でないことは明らかであるから、原告の主張は理由がない。
4 無断取引の主張について
前記認定事実によれば、原告が無断取引であるとして問題とする取引を含め、本件の全商品取引を通じ、原告は被告から定期的にその時点における残高照合通知書及び売買報告書の送付を受けており、これに対して原告が返送する回答書の異議欄に異議が記載されていたことは一度もなかったこと、原告は、原告が問題とする取引についても、時として担当者に不満を述べることはあったとしても、その後の被告担当者の請求に応じて、その都度、取引高に見合った価額数量の株券を預託したことが認められる。
これらの事実を前提にすると、原告が無断取引であるとして問題とする取引についても、原告はあらかじめ了承していたか、又は少なくとも事後的にはこれを了承したものと認めることができる。したがって、これらの取引を含めた別紙「小灘邦男取引明細」に記載の全取引について、その効果が原告に帰属することを否認することはできないというべきであり、原告の主張は理由がない。
5 強行法規及び公序良俗違反の主張について
証拠(乙一五から一七まで、二七、三二、証人坂口克哉)によれば、被告においては、社内規則として、新規委託者保護管理規則及び新規委託者に係わる売買枚数管理基準により、新規委託者から二〇枚を超える建玉注文があったときは、委託者の顧客の取引に対する理解度、資力、社会的地位、出身学校及び年齢等を考慮し、四〇枚までは特別担当班の責任者の、四〇枚以上の場合は総括責任者の、各許可を得ることが必要である旨を定めていること、坂口は、原告の注文に際して、右の定めに従って、制限建玉超過申請書を作成のうえ支店長に報告し、被告社内においてこれに基づき所定の調査が行われ、原告が適格であると判断されたうえで、その注文を受託したことが認められる。
右新規委託者保護管理規則や売買枚数管理基準は、被告の内部規則に過ぎないものであって、これが強行法規であるとかその内容が公序良俗を形成するとかいうことはできないが、仮にこれを肯定するとしても右に認定のとおり、被告は右規則に従った手続を経て受託しているのであるから、新規委託者に対する保護義務の点において懈怠はなく、原告の主張は理由がない。
五 争点4(債務不履行又は不法行為)について
1 危険性の不告知の主張について
前記認定事実によれば、坂口が、昭和六三年一〇月一八日、原告に対し、取引の仕組みについて説明した際に、商品先物取引の危険性についても述べており、翌一九日には、右取引の危険性についても記載のある商品取引ガイドや危険開示通知書等を原告に交付したこと、さらに、被告の管理部の松崎が、同月二四日、原告に対し、委託者アンケートを行い、取引の危険性、追加証拠金制度等についての理解の確認を行ったことが認められる。
これらによれば、被告担当者が原告に対し商品先物取引の危険性を告知するについて欠けるところはなかったというべきである。
以上の点に加え、原告は、株式会社の常務取締役であって、経理担当であり、通常人以上に経済取引に明るいものと考えられるうえ、長年にわたる株式取引の経験もあったのであるから、坂口の説明や前記書類の閲読によって、商品先物取引の危険性は十分承知したものと認めるべきである。
したがって、原告の主張は理由がない。
2 断定的判断の提供の主張について
前記認定のとおり、坂口は、原告に対し、米国産大豆の値動きの性質から、天井を打った後で値が下がるとの自己の相場観を述べて商品先物取引の勧誘を行ったことは認められるが、「確実に利益が生じる」等と言って原告に対し利益が生じることが確実であると誤解させるような断定的な判断を提供したとまで認めることはできない。
前記認定のとおり、坂口が原告に対し商品取引の危険性を告知していること及び原告が商品取引の仕組みとその危険性を十分理解していたものと考えられることからすれば、原告も、坂口や他の担当者らの相場に関する説明や推奨が、予測、期待、抱負といった未確定の要素を含むもの以上のものではないことをわきまえ、自らの責任と判断においてリスクを考慮して取引をするかどうかの意思決定をすることが優に可能であったというべきである。
したがって、そのような言辞を用いた勧誘が断定的判断を提供し、原告に確実に利益が生じると誤解させたものとして違法であるとすることはできず、原告の主張は理由がない。
3 過度の取引の主張について
前記のように、被告は、原告の適格性を、被告の総括責任者によって、その経歴等に照らして判断させ、その担当者をしてその判断に基づきその許可の範囲内の注文を受託させたものであるから、本件取引が過度であって違法であるとはいえず、原告の主張は理由がない。
4 虚偽の事実の告知の主張について
証拠(甲一三、一九、原告本人)によれば、被告の各担当者は、原告に対し、勧誘に際して、「大手商社が買に出る情報を入手した。」、「米国相場が大きく動く気配がみられる。」等と述べたことが認められる。
原告は、結果的には右勧誘に従って建玉したもののその殆どに損を生じたため、被告の各担当者がことさら虚偽の事実を述べたと主張する。
しかし、原告の主張は、結果から振り返って、右言辞が誤りであったと主張するものに過ぎないものであって、被告の各担当者が勧誘時における独自の相場に関する「読み」を持ち、これに基づいて勧誘を行ったものの、結果としてその「読み」が当たらず相場が逆に動いたことがあったとしても、それは単に担当者の予測が狂ったというに過ぎず、その事実のみから担当者が故意に虚偽の事実を告げて勧誘したものとすることはできない。その他に担当者が故意に虚偽の事実を告げたという事実を認めるべき証拠はないから、原告の主張はその前提事実を認めることができない。
5 取引要項の不告知の主張について
前記四1のとおり、原被告間の本件取引は、商品取引所法及び受託契約準則に定める全部の事項を告知したうえで行われたわけではないが、少なくとも、商品の種類、期先・期近、売買の別、売買枚数及び約定値段等の主要事項の合意はなされていたのであるから、右事項を示して委託がなされている以上、一任取引ということはできない。
確かに、本件取引については、要項が完全には告知されていない点で、商品取引所法及び受託契約準則に違反するところがあるといわざるを得ない。
しかし、行政的取締法規又は業法上の取決めの一部に違反する点があるとしても、このような法規又は取決めは、それぞれ民法秩序の目的とするものとは必ずしも一致しない独自の目的の下に定められているものであるから、その違反の点をもって、直ちに、委託者との関係で民法上も不法行為を構成する違法性があるとすることはできない。本件の違反の程度は右法規及び準則の趣旨に照らして軽微というべきものであるから、この点をもって不法行為とすることはできない。よって、原告の主張は理由がない。
6 指示違反・無断取引の主張について
前記四4のとおり、原告は、全ての取引について了承していたか、又は少なくともこれを事後的には了承したものと認めることができるから、原告の主張は理由がない。
7 証拠金の不返還及び流用の主張について
証拠(甲一一、乙一)によれば、受託契約準則においては、委託証拠金が預託すべき額を超えた場合に、委託者の請求があれば、これを返還しなければならないこと、また、委託者の書面による同意があれば、右超過額を預託すべき委託証拠金の額に充当することができることが定められていることが認められる。そして、証拠(乙一八の一から二四まで、一九の一から二二まで)によれば、原告は、被告に預託した株券について、預託の都度、書面をもって、売買証拠金等への流用・充当に同意していることが認められる。
したがって、被告が原告に対し仕切取引の都度委託証拠金を返還しなかったことは、右準則に反するものではなく、何ら違法の問題を生じない。
よって、原告の主張は理由がない。
8 損益決済の放置の主張について
仮に被告が本件取引の損益決済を放置したことがあったとしても、これによって原告に何らかの損害が生じるとは直ちに認め難いが、仮にこれがあるとしても次のとおり本件においては被告にその放置があるとは認められない。
すなわち、証拠(甲一一、乙一)によれば、受託契約準則においては、損益決済につき、委託者が益勘定になったときは、委託者から請求があれば、これを支払わなければならず、委託者が損勘定になったときは、委託者が商品取引員の指定する日時までに支払わなければならない旨が定められていることが認められる。
本件各取引の損益決済に関しては、証拠(甲一三)によれば、大久保が、昭和六三年一二月一三日、原告に対し、一〇〇万円を交付した以外にはこれが行われていないことが認められる。しかし、原被告間の長期に及ぶ継続的取引の過程において、益勘定になったときに原告が被告に対して益金の支払を請求したことのあったことを認めることができないから、被告がその支払を怠っていたということはできない。
かえって、損金の請求については、被告が原告に対してその支払について期限の猶予を与えていたものと解され、これらの被告の行為に、準則違反の点は見い出すことはできず、違法の問題を生じない。
よって、原告の主張は理由がない。
9 建玉処分の放置の主張について
原告は、平成二年九月一八日、原告が後藤に対し、証拠金を預託するに際して、自己の資力は尽き、最後の預託である旨を告知し、残玉を仕切るように指示したのであるから、被告は、残玉を至急仕切るべき信義則上の義務を負っていたと主張する。
確かに、証拠(甲一三、乙三六、原告本人)によれば、原告は、このとき、追証拠金として預託すべき額を預託することができず、その一部を預託したにとどまり、その後もこれを一切預託しなかったことが認められる。
受託契約準則(甲一一)は、顧客からの証拠金の預託がない場合に、商品取引の日に仕切決済権が生ずることを定めているが、この決済を何時の時点までにすべきかについては定めをおかず、その選択を商品取引員の裁量に委ねているものと解される。その仕切決済については、その計算が委託者に帰するとしても、証拠金が十分であるときとは異なって、仕切った結果受託者が現実に損失を引き受けざるを得なくなる可能性は高いのであるから、受託者としても仕切の時期を慎重に選ぶのは当然のことである。そうであるとすれば、被告がその時点から限月までの間の商品の値下がりを確実に予見できたにもかかわらずあえて放置していたというような特別の事情がない限り、被告の予測が狂い仕切を見合わせる選択をしたことで原告が損害を被ったとしても、これを被告の責に帰することはできないといわざるを得ない。
実際、本件では、平成二年九月一八日以降平成三年六月二五日までの間、値を上げた時期も値を下げた時期もあったのであり、商品の値段の推移は予見が困難であったと考えられるから、被告が直ちに全ての建玉を仕切らず、そのため結果論として原告の損害が増大することとなったからといって、それを違法とすることはできない。
よって、原告の主張は理由がない。
10 詐言勧誘の主張について
前記認定のとおり、坂口が原告に対し、自分が原告の大学の後輩であると虚偽の事実を述べて勧誘したことは認められるものの、坂口の右の詐称はあくまで勧誘の契機にすぎず、原告の本件取引による損害との間には、因果関係がないものといわざるをえない。
よって、原告の主張は理由がない。
11 執拗、強引な勧誘の主張について
原告が、本件取引の全過程において、終始、自らの責任と判断において状況を把握して取引を行うかどうかの意思決定をしてきたとみられるべきことはこれまでに認定したとおりであるから、被告の担当者に原告の自由な意思決定を脅かすような違法な勧誘があったと認めることはできない。
よって、原告の主張は理由がない。
12 受託契約準則の不交付及び委託本証拠金の徴収欠缺の主張について
被告が原告に対し、大阪穀物商品取引所及び東京工業品取引所の各受託契約準則を改めて交付しなかったことについても、また、委託本証拠金の徴収につき、入証日時を猶予したことについても、何ら違法の問題は生じないことは既に判示したとおりである。
よって、原告の主張は理由がない。
13 虚偽文書作成の主張について
前記認定のとおり、被告には、新規委託者保護管理規則及び売買枚数管理基準に違反する点はなく、原告から制限枚数以上の注文を受けるに際して、右規則どおりに制限建玉超過申請書を作成したのであるから、これが虚偽文書の作成といえないことは明らかである。
よって、被告の右行為には、何ら違法の問題は生じず、原告の主張は理由がない。
第四 結論
一 以上のとおり、被告従業員による原告の勧誘及び原告の委託に基づく本件取引の過程において、本件取引を全体として無効とすべきような事由は認められず、また、被告の債務不履行又は不法行為を構成するような違法な行為があったとも認めることができない。
そして、後記二のとおり、被告は原告に対し帳尻損金請求権を有する以上、留置権に基づき、右債権の担保として別紙預託物件目録「保管株数」欄に記載の株券を保有する権利を有するというべきである。
よって、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから、これを棄却すべきである。
二 一方、これまでに判示したところからすれば、被告は、原告に対し、帳尻損金として一億八四一一万五九一五円の請求権を有するというべきである。
この点について、原告は、被告の反訴請求は信義則に違反し、権利の濫用にあたるから許されないとし、また、一〇割の過失相殺がなされるべきであると主張するが、被告の勧誘及び本件取引の過程において違法な点があったと認められないことは前記のとおりであるから、原告の右主張は全て採用できない。
また、原告の相殺の主張についても、原告主張の債権が全て是認できないのであるから、失当というほかはない。
よって、被告の反訴請求は理由があるから、これを認容すべきである(なお、遅延損害金の起算日は反訴状送達の日の翌日である平成四年一一月一二日である)。
(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官安浪亮介 裁判官男澤聡子)
別紙物件目録<省略>
別紙取引明細<省略>